「もやし」と言われるのは許せなかったのです。
私は、中学1年生のとき、細身でした。
その当時身長は170センチ、体重は60キロほど。胸囲は85センチほどでした。
体格でいえば、こんな中学生は普通にいます。
しかし、なぜか、手が標準体型よりも長く、体格に合わせたYシャツを作っても
袖が足りない。
子供は残酷です。
それに気付いた同級生の一人が「もやしみたい、、」とつぶやくと、
それが瞬く間にクラス中に広まり、一瞬のうちに
私のニックネーム(そんなかっこいいものではありません、あだ名、と呼ぶべきでしょう)
は「もやし」となり、学年中に広まりました。
そのうち、もやし、が、もや、となり、大人しい女子生徒にも「もや~~」なんて
呼ばれる始末。
最悪だったのは、帰りのクラスミーティングで、最後に全員で歌を唄って締める
コーナーがあったのですが、その係りが毎週週代わりで班で担当するものでした。
その中で、意地の悪い女子生徒が、当時流行していた流行歌を採用したわけなんです。
その歌詞の後半部分に「燃やし続けて」という部分が。。。
子供は残酷です。
「燃やし、、」の部分は、強調して唄う訳です。
「燃やし」の部分を。「もやし」と。
それが1ヶ月近く続いた訳です。
こんな事例を筆頭に、そんなことは2年程続きました。
まあ、確かに「細かった」訳ですが、因果なものです。
成績もそんなに悪い方でもなく(英語が得意でした)
運動も苦手ではなく(陸上部に所属し、走り高跳びをやっていました)
女の子にはむしろモテ(毎年チョコレートは誰かしらからもらっていました)
人気も無いわけではなく(毎年、学級委員をやっていました。友達もたくさんいました)
男らしい面が無い訳がなく(むしろ、突出していた面もありました。ケンカもすれば、応援団にも所属し)
これだけ羅列してみると「楽しい中学生活」を送るのに何の不自由もない筈ですが、
しかし、私はとても悔しかったのです。
「もやし」と呼ばれる、そんな状況は、男として許すわけにいかなかったのです。
そこで私は、「強くなる」ことを選択しました。
「まずは、体格からだ!」
そう考えた私は、
深夜に家族が寝静まってから、居間で腕立て伏せを始めました。
腹筋も百回単位で回数を増やしていきました。
半年もすると、胸囲は5センチアップ、体重も5キロも増え、
随分自信がついて来ました。
腕立て伏せは、最初20回ほどしか出来なかったのが、50回、60回、
と回数が増えてきた頃、高校入学と同時期に空手道場へ入門することにしました。
非常に厳しいことで有名な道場でした。
いわゆる「ツッパリ」の連中もそこの話は、しますが、
実際に入門する人間は皆無でした。
みんな口だけで、「噂話」をするだけ。
しかし、私は、そこにとてつもない魅力を感じ、
あえて飛び込んだのです。
しかし、ただ飛び込んだのではありません。
「絶対に今の数倍の体力が必要だ」
そう考えた私は、
入門前、毎早朝、柔道着に着替え、裸足で近所の公園に向かい、立ち木に自己流の正拳突きと、
ボールをつるして飛び蹴りの練習を敢行し、
夜は就寝前の腕立て伏せ等を継続強化して続けました。
そして入門。
期待にたがわぬ「激しさ」そして「先生や先輩」の「途方も無い強さ」に
感動する暇もなく、試練は怒涛のごとく訪れました。
単なる技の稽古でも、フラフラになるというのに、
毎週、稽古の最後に行なわれる「組手」
もう毎週、ほんとに毎週、ぶったおされました。
蹴られ、殴られ、足を払われ、顔面に蹴りを叩き込まれ、
みぞおちをえぐられ、スネはボコボコ、体中あざだらけです。
道場の床に這いつくばった私は、
涼しい顔で私を見下ろす先輩を、「いつか越えてやる」
との思いで、毎週見上げていました。
そんな自分を克服するために、私は6年間、「稽古だけは先輩に負けない様にしよう!」
と決め、
・学校の休み時間にも腕立て伏せ、階段昇り降り等を繰り返し、
・腹筋は一度に800回、腕立ては300回程を目安に行い、
・先生の書いた本はくまなく読み尽くし、
・合同稽古の後は、必ず居残りで1時間ほど自主トレーニングを行い、
・夏休みも、道場に午前中から通い、1日5-6時間自主トレーニングし、
・わざと午後2時の太陽が一番高い時間帯を選び、炎天下でのランニングを行い、
・早朝ランニングは当然のごとく行い、
・サンドバッグは手足が血だらけになりながらもなお続け(先輩によく怒られました「サンドバッグを汚すな」と)
・修学旅行先でも、同級生が横でトランプ等をやっているのを尻目に旅館の部屋で稽古を行い、
・学生なら誰でも食べる、体によくない食べ物(ソフトドリンク、甘味料の入った各種食べ物等)は、
頑として拒否し、(年に数回は飲んじゃいましたが)
・正月でも元旦早朝からランニングをし、
・新しい稽古方法はすぐに取り入れ試す日々。
・食事は2倍から3倍の量になり(しかし、殆ど消化してしまう)
・ほぼ毎日、学校から真っ直ぐ道場へ向かい、
・筋肉を増やす為に「年齢を誤魔化して」市営のトレーニングセンターに通い、
・彼女と外出しても彼女が服を見繕っている間、デパートの休憩所で拳立て伏せやスクワットをし、
・板張りの道場は冬、極度に寒いので、道着の下にトレーナー等を着る人が多い中、
「道着のみ」「裸足」を貫き、
・社会人になってからは、残業後、10時過ぎに道場へ行き深夜1時過ぎまで稽古もし、
・昼休み、昼食後は、持参のビール瓶でスネを叩いて鍛え、
・当然、酒もタバコも一切やらず、
・入門時、毎週、自分を一発の下段蹴りで這いつくばらせた先輩に、入門3年目で「強くなったな あ。。。」と褒めて頂き、そして雲の上の存在であった、全日本クラスの先輩と毎週互角に
スパーリングを出来る
までになったのですが、
しかし、悲しいかな空手は「私の体に」実らなかったのです。
もちろん、当初の目標である「強くなる」事には、
自分では充分満足出来る結果が得られていました。
しかし、疲れきってしまいました。
今で言えば「バーンアウト」してしまったのです。
「燃え尽き症候群」です。
「もうこれ以上は出来ない、無理だ」
こんなことは過去に一度も思ったことが無い私が
そう感じたのです。
そう「やりすぎ」だったのです。
体の悲鳴が聞こえた、という感じでしょうか。。
そこで心身共に「疲れきった」私は空手を断念しました。
やってはいけないことですが、たった1日で
先生にも、先輩にも、後輩にも、誰にも相談せずにそれを決断し、
空手を辞めてしまいました。
その後、今まで、運動に充てていた時間が余る様になった私は、
それまでやったことのない友人との遊びなども体験していく訳ですが、
あれほどまでに体を動かしていた人が、そうそうストップ出来る訳もなく、
ウエイトトレーニングは続けていました。
仕事以外はやることが無いので、結局、今度はウエイトトレーニングにハマリました。
・プロテインを家に常備し、
・専門書や雑誌を買い集め知識を詰め込み
・様々なトレーニング法をジムで試し
・アルバイトで旅費をため、会社を辞め、
本場カリフォルニアへ単身渡り、本場のジムでトレーニング三昧の日々を送り、
・帰国後は、奇抜なカリフォルニアファッションで近所を歩くのを
「頼むからやめてくれ」と父親に懇願され
・様々な器具や今では当たり前になったサプリメントを個人輸入で取り寄せ活用し、
・当然、酒もタバコも一切やらず、
・脂肪分ゼロに近い弁当を食べ続け、クタクタになり、
・休憩時間や、仕事の合間には、持参のジャガイモやプロテインを同僚に隠れて摂取し、
・トレーニングで疲れた翌日は、回復優先のため、容赦なく会社を休み、
・得体の知れない体調不良にも何度も襲われ
・腰痛も何度も体験し、その度に鍼治療などに通い、
・外国人の友人とトレーニング談義を深夜までし、、、
・体重も15キロ以上増え、スクワットも200キロ以上を扱える様になり、
といった努力を、今まで続けています。
その間、多くのことを学び、その間に得た知識や経験が、先のトレーニング
センターでは生かされた訳です。
「あの、、」
「あの、シェイプアップ成功の話ではないんですか?」
ごめんなさい、少し長かったですか?
では、本文に戻りましょう。
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